Chimo no Logue

chimotyの人生投資ブログ

29歳ITリーマンが人生投資の軌跡を綴ったブログ

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3年経験してわかった、IT業界の開発現場

12月27日、僕は3年に及ぶ某金融機関での常駐業務を終えた。

稼働システムの保守運用に始まり、構築を少し経験した。

 Web業界からSI業界へ移ってからの3年間を振り返ってみる。

ITインフラとかサーバ関係の話をしたいので、こういったことが全くわからないのならば、以下の記事を参照してほしい。

chimoty.hatenadiary.com

 

chimoty.hatenadiary.com

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取引関係はこんな感じ

まずは勤務していた金融機関と自社との関係だが、以下のような感じだ。

エンドユーザ(本金融機関)
  ↓受託

大手SIerのA社(大手ITベンダー)

  ↓受託・委託
A社とパートナー契約のB社(開発協力会社、業務委託会社)
  ↓委託
自社(B社からA社受注業務を委託される)

 

イメージ的には建設現場と同じようなものだ。
下請けやパートナー会社になればなるほど、中抜きされて契約金は低くなる。

契約の関係上、いろいろと複雑な仕組みではあるが、簡単に言えば派遣社員のような形で元請けのA社の立場で仕事をすることになる。

つまり、同じ仕事でも所属会社により、各エンジニアの給料は全く異なるわけだ。

金融機関での開発は自由度が低い

これは伝えておきたい。

僕はITインフラの中でも特にサーバ周りの保守・運用要員として、本現場に3年前に配属された。そこは某大手の金融機関だ。
特に技術力も高くなく、IT業界経験者というだけで何となく配属された。

金融機関全般のことはわからないが、ここの現場はとにかく様々な制約や業務上の細やかな作法が求められる。本番環境で稼働中のシステムを触るのに7つの申請を通さなければならない。

これだけでストレスフルな環境である。

さらに自席のPCからはインターネットに接続できない。
何か調べようものなら、自分のスマホで調べなければならない。

また、自由に検証できる環境も用意されていない。

はっきり申して、エンジニアとしてはあまり環境は良くない。

ただし、エンジニア未経験者でも配属されやすいという意味では自社としては楽なのだろう。未経験者にとってもとりあえず経験ができるという小さなメリットはある。

定型作業が多く、言われたことをミスなく言われた通りに実現すればそれだけで評価が上がる環境だ。

ITインフラ業界はチャンス

別の業界やお仕事からIT業界に未経験で働くなら、ITインフラ分野はチャンスだとおもう。

まず、アプリケーション開発やWeb業界に比べれば、人手が圧倒的に足りない。

僕の場合、サーバ関係のお仕事だったが、ネットワーク分野も含めインフラ部門は人気がないため、未経験でも転職しやすい。

また、最近は大手でもAWSやAzureなどパブリッククラウドサービスを利用することも増えてきており、そこに参入の余地がたくさんある。

あなたは自分の発想を生かしたアプリ開発やプログラミングがしたい気持ちがあるのか?

もしなければ、地味だがITインフラは転職のチャンスだ。

Linux が使えれば重宝される

3年いてわかったのがこれだ。

Linuxの需要が高いとはよく聞く。

勤務していた現場ではLinuxを扱える人が極端に少なかった。

その現場では圧倒的にWindows Serverで稼働しているものが多く、Linuxだとかなり少ない。UNIXだともっと少ないが。。。
僕の場合、前職で少しLinuxを触っていたこともあり、現場でもLinuxサーバの運用を担当した。

Linuxならば自宅のPCにインストールして、練習することができる。

もし今から勉強するならば、アプリ開発でもインフラ構築でもLinuxは触れておくと、重宝されるだろう。

最新技術は敬遠される

金融業務なので、稼働率の高さを求められる。

つまり、正常に動作できることが大前提なのだ。

そのため、実績ある技術や商品、サービスを利用することになる。

流行の最新技術を利用する機会はほとんど皆無だ。

導入するOSやソフトウェアのバージョンもレガシーなものを使うことが多い。(リリースバージョンが5年前・10年前などざらに存在する)

大手ならではの高価なソフトウェアを使える

これは小さなWeb業界や中小規模の受託会社ではあまり体験できないことだ。

OracleやJP1,Cisco,SalesforceなどITベンダーの高価なソフトウェアを利用することができる。
これは個人で利用するにはかなりハードルが高いため、大手企業常駐の唯一のメリットと言えるかもしれない。

総評

経験値の少ない僕にとっては経験値を上げられたという意味では良い現場だった。

ただし、技術向上が見込めない上に、現場全体に保守的な考えが浸透しているので、数年も勤務する価値は全くなかった。

もし2020年も同じく契約更新だったら、自社を退社するつもりだったので、ちょうどこのタイミングで離れられたことは良かった。

アプリケーションとインフラの境界が徐々に消えつつある昨今だが、まだまだインフラ分野は需要が大きいとおもう。

IT業界に転職したいのならば、インフラ分野を検討するのも悪くないだろう。

迷走していた僕の大学時代

chimotyです。

今回は「僕が大学で何してたか」の話。
はっきり言うと迷走しまくってた
具体的には学問には力を入れず、様々なサークルに手を出しすぎた。

謎にサークルに入りまくった2年生

なぜ迷走していたのか。
僕は大学入学後は某メディア系のサークルに所属し、ほとんどの活動に参加した。それでも充実感を感じたり、楽しいと思えることはなかった。メンバーとの相性が合わなかったのだとおもう。同じ学科でもあまり馴染めなかった。ずっと長く付き合っていきたいと心から思える友人ができなかった。

特に何かに熱中できるわけでもなく、1年間無駄にダラダラ過ごしてしまった。気づけば春休み。さすがに危機感を覚えた。アルバイトもサークルも何もしていない。ただ学校と家を往復するだけの日々。いくつも受けてようやく面接に受かったアルバイトも働くのが嫌で仕方なかった。

すごい後悔。

僕だってイケイケな大学生活に憧れていた。
でも現実は違う。どうしよう。
いろいろ考えたが、とにかく交友を広げたかった。仲良くなれる友人がほしかった。
そのためにいろんなサークルに入ることに決めた。2年生からだが遅くはないとおもった。
こんな浅はかな考えで当時イベントサークルを中心に7つほど入った。
学内が4つ、学外が3つ。今ならアホとしか思えないが、当時はすごく短絡的だったのでこれが精一杯の行動だった。

楽しいは楽しいが、消化不良で中途半端な気分に

どのサークルもメンバーの雰囲気は異なるが、やってることは似たようなものだった。

学生主体の大規模なお祭りを開催する団体がこの年の最も大きなイベントだったが、所詮僕は端くれの役割しか担っていなかったので、あまり充実した感じではなかった。

他のサークルも1度か2度参加しただけで、どれも心から楽しいとは思えなかった。

当時2年生だった僕だが、授業もアルバイトもサークルも忙しい日々を送っていたので、それなりに楽しんでいたとはおもうが、何か物足りなかった。

国際交流サークルとの出会い

数多く入ったサークルの中で2年生の時は1度しか参加してないサークルがあった。
それが今からお話する国際交流系サークルのAだ。
外国人と交流してみたい+英語力を伸ばしたい、という想いから入ったサークルだ。
当時は楽天が社内公用語を英語にすると発表して間もない頃だったためか、英語に対する意識が僕も周囲も割と高かったとおもう。それに乗じた、ではないが意識づけられたのは間違いない。
一度英語の交流会に参加したことがあった。そのまったりな雰囲気は今でも忘れないくらい心地よかった。

それでもこの1度しか参加していない。

ぶっちゃけここも辞めるつもりでいた。
けれど、当時の会長が定期的に活動のお誘いをしてくれていたのだ。全く参加しない自分を誘い続けてくれた。

もう1回だけ参加してみるか。

軽い気持ちで1年越しに活動に参加した。これが新歓計画始まりの会だった。

幹事を務めた話

時は2012年3月。
この年、充実した1年を送ることになる。

ちょうど新歓の時期でそれに向けての準備に取り組む時期だった。

メンバーは思っていたより少ない5人だけだった。なんと3年生が僕だけ、後は4年生しかいないのだ。つまり新歓の目標は1年生と2年生の獲得だ。

何故か僕が新歓の担当に任命された。戸惑ったが少しワクワクしていた。
0ではないが、1から組織を作っていくことに興味が湧いていた。

早速週2回、カフェや学内のラウンジに集まり、準備を始めた。ポスター作りやプレゼン資料作り、留学生との調整など様々な経験をさせてもらった。

何より少数でワイワイやるのが楽しかった。(勉強しろよって話は置いていてね)

4月に入り、広報の甲斐があったのか、多くの新入生が入ってくれた。

定期的に活動し、イベントを何回も開催した。

途中辞めてしまった者も結構いたけど、残った子は幹部としてその後も精力的に頑張ってくれた。

9月になると、多くの留学生がメンバーとして加わってくれた。

僕が中心になって活動した初めての経験だった。

最後は就活と卒論で忙しい1年だったが

2013年。4年生になる。
この頃は本格的に就活が始まり、サークルの参加回数は減った。ほぼ毎日なにかしらの企業説明会や面接に臨んでいたような気がする。

秋になると卒論に追い込まれた。
何の新しい発見もない、クソみたいなテーマにしてしまったが、関係者への取材や先行研究など割と真面目にやったとおもう。家でも学校でもほぼ毎日パソコンと向き合っていた。

卒論提出が終わって1週間後にようやく某人材系企業から内定をもらえた。
約1年に及ぶ就活が終了した。
卒業の3ヶ月前だ。
なんとか学生生活を無事に終えれそうとホッとした。

クズな学生生活の中で見つけた小さな光

今でも変わらないが、本当に学生生活がクズだった。
全く楽しめなかった年間だった。
しかし、3年目でようやく自分が楽しめるものに出会えた。
外国人と交流することも異なる価値観を持った人と交流することもどちらも楽しかった。
大学生活の後半は割と密度が濃かったとおもう。この時に出会った後輩や先輩たちは今でも僕の大切な存在だ。

やはり小さくても行動て大事だなと痛感した2年間だった。

高級ホテルのラウンジで一服してみた

こんにちは、chimotyです。

12月14日(土)の午後、あまりにも暇過ぎてとりあえず外に出た。

辿り着いた先はシャングリ・ラ ホテル東京

都内でも屈指の高級ホテルの一角だ。普段とは違う場所で過ごしてみたいという思いつきで、こちらのホテルの28Fのラウンジに来た。

高級ホテルの雰囲気を味わう

僕のような庶民にはまるで遠いオシャレで重厚感溢れる雰囲気に少し圧倒された。

ジーパンにライトダウン、キャップ帽と全く雰囲気に合わない格好で来てしまった。
一つ断っておくが、別にドレスコードを意識しなくても普通に利用しても良いということは強く訴えておく。

ピアニストとチェロの伴奏者が奏でる音楽が何とも心地良い。

ほとんどが僕と同じ一般庶民なのだろうが、少しオシャレな感じがする。


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いつもならば、公共図書館やブックカフェで時間を過ごすことが多い。
しかし、たまにはオシャレな雰囲気と高級感溢れる場所で過ごすのも人生には必要だと思い、当ホテルを訪れた。
ちなみに女性と二人で来れれば最高なのやが、残念かな、そういったパートナーは皆無なのだ。(涙)

シャングリ・ラ ホテル 東京とは

ところで当ホテルについて少し調べてみた。

Wikipediaからの引用だが、ご容赦願いたい。

香港を拠点とするケリーズ・グループが経営するホテルチェーンであるシャングリ・ラ ホテルズ&リゾーツの日本ホテルだ。
シャングリ・ラ ホテル 東京 - Wikipedia

都内の高級ホテルで検索をかけてもらえればわかる通り、屈指の高級ホテルの一角だ。

もちろん僕のような底辺庶民は宿泊することなど考えられない。
カプセルホテルで十分だ。
まぁいつの日かこういった高級ホテルを住処にアドレスホッパーな生活をしてみたいとはおもう。

一流に触れる機会を設けよう

本記事を読んでくれた貴方は僕と同じような庶民かもしれないし、裕福層かもしれない。ここでは敢えて僕と同じレベルの人を想定して書く。

僕たちはそもそも日常的に高級とか一流に触れる機会はそう多くないとおもう。
僕なんてマジでない。
普段は吉野家松屋、かつやをこの上なく愛し、1日1000円以下で過ごすことを目標に生きてる。
たまの贅沢と言えば、ネットカフェに籠もってマンガに没頭することくらいだ。


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でも人生を豊かなものにするには時には一流に触れなければならないとおもう。

多くの億万長者や成功者がそう考えている。

ホテルのラウンジで過ごす程度で一流に触れるとか言っちゃう辺り、僕はやはり薄っぺらい人間なのかもしれない。

とは言え、自ら意識的にこういった環境下で時間を過ごすことで、一流のサービスや雰囲気に触れ、価値観を磨くことは大切だと思い始めた。

これが何の役に立つかはわからない。

でも、そこで働く人の気遣いやサービス、あるいは利用しているお客様の客層など学べることはあるとおもう。
何となくいつもとは異なる心地する。
たまにはこういった経験もいいね。

※追記

会計に10分程度待ったのが少し疑問だった。
会計待ちは自分以外にいなかったはずやけど。。。忙しかったのかな?

友人が少ないことを痛感する

こんにちは、chimotyです。

周囲の人が週末に結婚式やら出産祝いで一日過ごしたという話をよく聞くようになった。

数年前なら特に意識していなかったが、最近こういったことを聞くにつれ、自分はなかなかそういう機会がないなぁとふと感じた。

なんでなのか?

そもそも今自分にとって友人と呼べるような存在は滅法減った気がする。

普段よく飲みに行ったり、出かけたりするのはこの歳になってから出会った人たちだし、学生時代の友人で今も定期的に会う関係の人は一人しかいない。(その友人ですら年1回〜2年に1回程度)

小学校、中学校、高校と自分で言うのは気がひけるが、そこそこ友人と思える存在はいた。しかしながら、大学に入ってからというもの、徐々に会うことも連絡することもなくなった。かろうじてインスタグラムやfacebookで繋がっていたりするが、わざわざ連絡取り合うような関係ではなくなった。

いま遊んだり会ったりするのは学校を卒業してから出会った方ばかりだ。

地元との繋がりが深いわけでもなく、かと言って定期的に飲みに行ったり、一緒に出かけるような学生時代の友人も今はいない。

特に自分のように休日にやることがなくて暇を持て余していると、なんだか虚無感にさらされることもある。孤独というか一人ぼっちという感覚に近い。

僕の周囲の人を見てみると、必ずどこかの段階で繋がった関係が長く続いていることが多いようだ。それが地元なのか、高校なのか、大学や専門学校なのか、アルバイトなのか人それぞれ異なるが、連絡を定期的に取り合う関係が存在している。
中には会社も含めすべての段階で常に繋がり続けている強者もいる。
自らの結婚式に小学校〜会社、飲みの席で知り合った人まで数百人を呼ぶ、コミ力の高い人もいる。

大人になってようやく気づいた。
僕は世渡りが下手だということを。

友人と呼べる存在があまりにも少ないことを。

こんな感じで30歳になり、それが40歳、50歳と年齢を重ねるに連れ、だんだんと友人と呼べる人もその都度変わるのだろうか。

そうだとしたら、自分の老後生活はどんな感じなのか? 今以上に孤独なのではないか。

急にそんな退屈な未来を想像してしまった。

友人は少ないほうが人間関係に疲れないのは確かだ。

しかし、人生の節目毎にどんどん友人が変わると、やはり関係性は薄くなることは間違いない。

読者のあなたには、友人と呼べる存在が今何人いるか、思い起こしてほしい。

これから先も続いていける様な存在ですか?

もし、そうでないなら、たった一人でもいいから、生涯の友を見つけよう。

僕の様な独り身になってしまう前に。

生活をルーチン化すること

chimoです。

本日のテーマは「生活のルーチン化」です。

突然だがあなたに質問をぶつけよう。

あなたの日常生活において、マイルールたるものを持っているか?
あるいはルーチンワークのようにしていることはあるか?

もしあなたが会社員なら、毎朝同じ時間に起きて、同じ時間に出発し、同じ時間に会社に到着するだろう。

これもれっきとしたルーチンワークだ。

毎日シャワーを浴びる、お風呂に入る、寝る前にトイレを済ます、これもルーチンワークだ。

僕の場合は、洗濯は週3回(日・水・金)することにしている。

日常生活においてルーチン、簡単に言えば習慣化することは非常に大切だ。

なぜか。

いつやるか、どうやるかなど無駄に考える必要がなく、生活リズムを保てるからだ。

僕は週3回同じ曜日に洗濯するが、帰宅が遅かったりすれば前後にずらすことも多々ある。どうしても同じペースでできないならば特例を設けるなどすれば案外続くものだ。

ストレスフリーな生活を送りたいと考えるなら、ルーチン化は非常に良い。

1度モノにしてしまえばそれがあなたの大切な時間を作り、時にはあなたの資産となるのだから。

 

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